南極観測への参加を決断するのに考えたこと

南極

私にとって南極観測への参加は,降って湧いてきた話でした.南極観測への参加に手を挙げるかどうか,私なりに悩んだ期間がありました.今回は,南極観測への参加を決意した際に考えたメリット・デメリットや決意の決め手についてまとめてみました.皆さんが大切な決断をするとき,この記事がヒントや参考になれば嬉しいです.

(質問)南極に行ってみませんか?

南極に行ってみませんか?

まず質問です.もし,あなたが「南極に行ってみませんか?」と聞かれたらどう答えますか?気軽に選んでみてください.その場で集計されますので,是非,答えてみてください.

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南極観測に向き合う

ご回答ありがとうございました.集計結果が楽しみですが,私は「行ってみたい」と答える人が多いと思っています.外れたらすみません(^_^;) 私自身は「行ってみたい」と思いました.第一印象として,未知の大陸への好奇心や興味を持つ人が多いのではないでしょうか.

「南極」と聞くと,おそらく現実離れした感覚を持ちますが,徐々に細かな条件が示されていくにつれて,少しずつ気持ちも落ち着いてくるものです.当時,私は南極観測について全く知らず,自分なりに調べました.当時,放送されていたNHKプロジェクトXや南極観測に関する書籍,インターネット上の資料などを見ながら南極観測について勉強してみました.

南極観測は,戦後復興期から続く歴史ある国家事業で,その対象はオーロラなどの宙空圏,大陸を広く覆う雪氷圏,地球物理や地質・地形などの地圏,ペンギンやコケなどの生物圏などの幅広い分野に及ぶことを知りました.そして,半世紀を超える南極観測により,昭和基地を拠点として,オゾンホールの発見や世界トップクラスの南極隕石の収集と研究,地球温暖化などの地球環境問題を考える上で重要な氷床コアから探る古環境復元など,多くの重要な知見と成果が報告されています.

昭和基地での越冬期間は1年,船で往復するのに4か月を要し,南極観測計画の一部分に責任者として自らが関わることになります.当時の私は大学院の修士2年でした.フィールド調査や学会発表など,大学での研究生活はとても充実していました.大学院修了を控え,急に南極観測の話が舞い込みます.進路としては,教員採用試験を受け教員を目指すということが濃厚でしたが,博士課程に進学して南極観測に参加するという選択肢ができ,大きな選択をすることになりました.

★なぜ南極観測へ参加することになったのかは以下をお読みください.

一般的に,決断にはメリットとデメリットがあることが多いと思います.メリットかデメリットのいずれかが大きい場合はあまり悩まないかもしれません.決断を迷う際の多くは,両者を天秤にかける考える場合でしょう.ここでは,当時,私が考えたメリットとデメリットを整理してみます.

次へ進む前に,よろしければ南極観測に参加するメリットとデメリットを考えてみください.

私が考えた南極観測参加のメリット

私が考えた1つ目のメリットは「南極の生の自然を実体験すること」でした.これは研究観測という仕事という意味でも重要だと思います.雪と氷の世界・南極大陸は,多く人が魅力を感じるところだと思います.インターネットが充実し,画像や動画などで現地の様子を垣間見ることはできますが,実際に経験ないとわからないことはたくさんあります.実体験として南極の自然を経験できたことは,今でもとても貴重ま経験であるの言うまでもありません.

2つ目のメリットは「様々な分野のプロと一緒に仕事ができること」です.南極観測には,研究者はもちろん設営と呼ばれる南極観測と昭和基地を支えるプロたちがいます.例えば,建設,建築,インフラ整備,車両整備,電気・水管理,医者,通信,調理など,南極観測を支えるためにその道のプロが参加しています.昭和基地という感覚的に捉えやすい小さな社会で,このような様々な分野のプロと一緒に仕事ができることはとても魅力的でした

3つ目のメリットは「自分を変える良い機会になること」です.当時,大した決意もなく漠然と教職を目指すという方向性はあったものの,自分自身や進路については悩んでいました.そして,もともと引っ込み思案だった自分を変えたいという思いもありました.南極観測はとても大胆な選択で,それまでの自分の性格からは考えられないものでした.自分の殻を破って,何かに挑戦してみるには十分すぎる機会であり,ある種,後戻りができないところも良かったのかもしれません.

私が考えた南極観測参加のデメリット

次に,デメリット(不安・心配)をお話します.まず1つ目のデメリットは「うまくできるかという不安」でした.20代半ばだった自分には,国家事業である南極観測の一部分を担うことには大きな不安があり,うまくやれるだろうかという不安は常につきまとっていました.しかも,越冬隊では最年少で,年齢も経験も一流のプロの集まりの中で,自分はやり遂げることができるだろうかという不安と心配はとても大きなものでした.

2つ目のデメリットは,「生きて帰って来られるのか」です.南極は雄大な自然であるとともに,とても厳しい自然でもあります.この決断をした当時,南極観測隊での死者は1名でした.基地周辺でのブリザードの中での遭難が原因でした.南極観測初期の出来事で,手探りの模索期に起こった悲劇でもあったのではないかと思います.不幸な事例とはいえ,そのような厳しい自然環境で自分が命を落とす可能性は必ずしも低くはないと感じました.

3つ目のデメリットは,「家族や親しい友人と長期間離れること」です.大学まで通学していたこともあり,親元を離れることは初めてでした.それは年齢としても相応なことですが,家族や友人と1年以上,離れて過ごすことは初めてです.そもそもそんな経験はあまりないのかもしれません.電話やメールが使えるようになり,昔に比べれば大したことはないかもしれませんが,とても不安だった記憶があります.

4つ目のデメリットは,「将来への漠然とした不安」です.これは,研究者を目指すという確たる決意がない中で,この選択を迫られたこともあります.自分の将来の方向性について決め手がない中で,そのような状況で南極観測に参加して,その後,自分はどうなっていくのかという先が見えていませんでした.特に,修士課程から博士課程へ進学するときには,多くの人がこの不安に向き合うのではないかと思います.研究の世界でやっていけるのかという不安がとても大きかった記憶があります.

南極観測への参加を決断する

メリット・デメリットを整理してみました.もし,南極観測に参加するとなると,東京の大学院へ進学し国立極地研究所で準備を始めるというスケジュールで,大学院受験をはじめとした期限(デッドライン)がありました.この決断に要した時間は1ヶ月でした.皆さんは1ヶ月という期間は長いと思いますか?短いと思いますか?あとで思い返すと,あまり悩む時間が長いと色々なことを考えすぎ,私の性格として悩み過ぎて決断できなかった可能性もあったのかなと思います.どんな決断もそうですが,きれいな決断が出にくいことを考えると,適度に期限(デッドライン)がある方が踏み出しやすいかもしれません.

この1ヶ月で,何が私を決断へと導いたのでしょうか.1つは,先ほど挙げたデメリット(不安・心配)をどう捉えるかということかなと思います.思い悩む中で自分を変えたい気持ちは常にあり,南極観測で失敗をしても,その経験は必ずプラスになると思えました.自分が不安に思ってしまう失敗は,多くの場合,他の誰かが決めていることで,自分が失敗と捉えなければ,それを成功のもとにしていけるのです.ポジティブに考えられる人が成功していくのは,このためではないでしょうか.その時,周囲が失敗と判断しても,自分がそこから学べば,失敗でもなんでもない経験値になります.そんなことを考えていた記憶があります.

もう1つは,指導教員をはじめ周囲の人たちからの影響でしょうか.当時の指導教員は「やってみる」ということが口癖でした.これは奇しくも初代越冬隊隊長の西堀栄三郎の「とにかく,やってみなはれ」に通じるものがありました.研究室では,野外調査や学会発表など,多くの新しいチャレンジの機会を与えていただき,失敗を咎められることはありませんでした.たとえ失敗をしても,いつもどうすればよいかという前向きな姿勢で助言していただきました.引っ込み思案だった私の性格も,場数を踏む中で新しいことにチャレンジすることのハードルが下がっていきました.南極観測についても,同じように背中を押してくださいました.そして,母親の「行かな損やで」という大阪人らしい言葉も影響したかもしれません(笑)

このように,色々と思い悩みながら,最終的に参加する決断ができました.決断の日,大学構内でギリギリまで考えていました.夕方,指導教員が帰られるギリギリに決意をお話した記憶があります.多くの場合,完璧な決断などできないと思います.後で思い返してみると,もちろん色々な要素はあるのですが,やはり「一歩を踏み出せる勇気」が大切だと思います.あとは,上を向いてても下を向いててても歩き出すしかありません.どんな形であっても期待や不安の中で最初の一歩が踏み出せたことが,その後の私にとって大きかったのは間違いありませんでした.

成田空港を出発しオーストラリアへ向かう飛行機で眠れずに見た夜明け(JARE46 上村 剛史 隊員撮影)

ここで改めて問いかけます.私の迷いや決断も参考にしながら,皆さんも冷静になって南極観測に参加するかどうか考えてみて下さい.皆さんも少し冷静になって,自分事と考えてみてアンケートに答えてみてください.ここで参加しないと選ぶことが悪い事ではありません.

改めて,南極観測に参加してみませんか?

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最後までお読みいただいてありがとうございました.皆さんが大切な決断をするとき,この記事がヒントや助けになれば嬉しいです.

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