2004年11月,南極観測への参加を決意し,それを大学の指導教員に伝えると,南極観測に向けての準備がスタートしました.隊員によって仕事や準備は様々ですが,多くの隊員が最初に参加するのが3月の冬期総合訓練です.この訓練では,雪中でのフィールドワークを経験し,安全に必要な知識や技術などを習得します.同時に,南極観測に関する講義や装備の扱い,隊員同士の交流なども行われます.ここでは,この冬訓練の様子を紹介します.
南極観測の準備の全体像
冬訓練の話に入る前に少し南極観測の準備の全体像をお伝えします.観測隊員はそれぞれ違った仕事を持ち,所属も違うため, あくまで私の場合ですが,出発までの主な準備は下の表の通りです.
このように,南極観測で与えられた調査研究のための全体研修,観測計画,訓練,予備観測,観測機器の梱包・積込などが中心になります.また,壮行会や健康診断,自分の生活に必要な荷物の準備も行います.1年を越える昭和基地での滞在に向けて,綿密な準備が必要なことがわかると思います.では,まず冬訓練についてお話ししていきます.
雪山でのフィールドワーク
さて,決心をしてから,初めて本格的に関係者や観測隊員と出会い,何も知らない南極観測の世界に飛び込んだのが冬訓練でした.とにかく緊張して,開催地となる長野県に向かった記憶があります.訓練では,南極観測や46次隊の観測計画,フィールドワーク時の技術や心構えなど,座学もたくさんありましたが,やはり記憶に残っているのは雪山でのフィールドワークでした.
上の写真は,フィールドワーク訓練に出発する前に,宿泊先の玄関前で撮影した写真です.おそらく全員が雪山に長けているわけではないはずですが,何となく凄そうな登山靴や装備を見たり,がっちりした体型を見たりして,こういうときは集団のすべての人が山男に見えてしまいます.雰囲気に飲まれ,とにかく必死にやろうという思いで硬くなっていましたが,後々に観測隊の仲間として過ごすうちに、必ずしもみんなが登山などの経験が豊かとは限らないこともわかりました.もちろん豊かな経験と技術を持った人は確かにいます.
冬訓練の1つの大きな目的は,雪中でのフィールドワーク経験と訓練になります.フィールド調査などはしてきましたが,雪山には登ったこともなく,見よう見まねで必死についていきました.重厚な装備を身にまとい、隊列を組んで雪山を登っていきます.雪山を歩くこともだが,スキー板の裏にシールを貼って後方に滑らないようにし,斜面を登ったのも初めてでした.
必死で写真がありませんが(笑),雪上での負傷者搬送,ロープを用いた負傷者救助,そして,ルート工作訓練などを行いました.班に分かれてのルート工作訓練では,コンパスで方向を決め,歩測で距離を測定しながら,指定した場所まで雪原を移動しました.日本では山並みや木々がありますが,南極ではどこまでの雪原が広がる目印のない世界です.自分たちの位置を定めることは,基本となる技術になります.
雪山での宿泊訓練
雪上での宿泊訓練もあり,上の写真はその宿泊地で撮影したものです.実際の南極観測で使うピラミッドテントの設営やツェルトによるビバークの方法を学びました.ビバークとは,悪天候やトラブルで計画通りに下山できなかった時に,緊急的に夜を明かすことをいいます.その時に使用される非常用テントがツェルトです.下の写真の黄色いテントがそうですが,もちろん私も初めて知りました.
雪上で寝るのも,簡易なツェルトで寝るのも初めてでしたが,寝袋は暖かく眠れました.黄色いツェルトの周りにはスコップがあり,雪の壁が作ってあるのがわかるでしょうか.これは風を弱めるための雪の壁です.南極では風が強い場合も多く,風向きにはとても気を配ることが多いです.
テントの中で初めて雪を融かして水を作りました.固体の氷の体積は液体の水よりも大きく,また降り積もった雪には空気が多く含まれています.かなりの氷や雪を融かしても,得られる液体の水は少ないことが体験できました.南極には淡水の氷がたくさんあります.でも,この氷から飲料水を得るためには,大量の氷とそれを融かすエネルギーが必要です.昭和基地でも周りに淡水の氷はたくさんありますが,飲料水や生活用水は貴重なもので,節約して使うことになります.
最後に…この写真は,雪をコップに入れて,コンデンスミルクをかけて食べているところです(笑)こんな寒いところで冷たいものです.昭和基地にはソフトクリームの機械があり,野外でアイスクリームを作って食べる人もいます.こういう厳しい環境でも,それを楽しむことのできる人たちが多いのかな思います.この頃には,すっかり同じ班の隊員とも打ち解け,とても良い時間を過ごすことができました.
この冬訓練を終え,大学院修士課程を修了し,東京に引っ越しました.極地研究所に通いながら,これから本格的な準備が始まります.
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